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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)174号 判決 1988年3月15日

原告

後藤雄一

被告

大場啓二

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  被告は、東京都世田谷区に対し、金三八万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二と同旨

2  主文一につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は東京都世田谷区(以下単に「世田谷区」という。)の住民であり、被告は昭和五〇年五月一日から世田谷区長の職にある者である。

2  出張検認手当

(一) 世田谷区では、地方公務員法二四条六項の規定に基づき制定された「職員の給与に関する条例」(昭和二六年世田谷区条例第一一号。以下「本件条例」という。)一三条において、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員には、その勤務の特殊性に応じて特殊勤務手当を支給し(同条一項)、その特殊勤務手当の種類、支給される職員の範囲及び支給額については、任命権者が人事委員会の承認を得て定める(同条三項)旨定め、同条を受けて「職員の特殊勤務手当に関する規則」(昭和四二年世田谷区規則第一一号。以下「本件規則」という。)が制定され、施行されている。

(二) 本件規則二条、別表手当番号13の項に、「国民年金保険料出張検認事務特別手当」として、国民年金の保険料出張検認事務に従事する職員を対象として支給される特殊勤務手当(以下「出張検認手当」という。)が定められている。

(三) 国民年金の保険料出張検認事務(以下「出張検認事務」という。)とは、担当職員が被保険者宅を訪問して国民年金の保険料の額に相当する金額を収納し、それと引換えに、持参した国民年金印紙を被保険者の国民年金手帳に貼付して検認するという保険料の納付方法(以下「出張検認方式」という。)による事務であり、出張検認方式は、昭和三五年から国民年金の保険料を納付させる方法として採用されていたものである。そして、出張検認手当は、右の事務を行う職員に支払われていた。

(四) しかし、国民年金の保険料を納付させる方法は、昭和四六年四月に、出張検認方式から、被保険者に対して国民年金の保険料に相当する金額の納付書を発行し、この納付書により金融機関等に右の金額が納付された場合、その納入された金額相当分の国民年金印紙を職員が役所に備付けの特別検認台帳に貼付して検認するという保険料の納付方法(以下「規則検認方式」という。)へ切り替わり、それ以後、規則検認方式による事務のみが行われ、出張検認方式による事務は行われていない。

3  被告の違法行為

(一) 被告は、出張検認手当についての支出負担行為を行う権限を有する者であり、別紙「本件手当支払一覧表」のとおり、昭和五九年九月から昭和六〇年三月までの間(以下「本件期間」という。)の各月において、支出負担行為(年月日)の欄記載の日に、支給額(円)の欄記載の額の出張検認手当(以下「本件手当」という。)の支出負担行為(以下「本件支出負担行為」という。)を行い、同表の支出命令(年月日)及び支給(年月日)の欄に記載の日にそれぞれ本件手当の支出命令及び支出がされた。

(二) しかし、本件期間においては、右2の(四)のとおり、国民年金の保険料を納付させる方法は規則検認方式で行われており、出張検認方式による事務は行われていないのであるから、出張検認手当の支給対象となる出張検認事務を行つた職員はおらず、したがつて、本件手当を支給することを内容とする本件支出負担行為は、本件条例及び本件規則に違反するものである。

(三) 被告は、本件支出負担行為をした際に、出張検認事務が行われていないことを知つていたか、少なくとも知り得べかりしであつた。

4  世田谷区の損害

世田谷区は、被告の右3の違法行為に基づく本件手当の支給が行われたことにより、その合計額に当たる三八万一〇〇〇円の損害を被つた。

5  監査請求の経由

原告は、昭和六〇年九月三日、世田谷区監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づき本件手当について監査請求をし、これに対し同委員は、同年一一月一日付けで原告に対し右監査請求を容認することはできない旨の監査結果を通知した。

6  よつて、被告は、不法行為に基づき世田谷区に対し損害を賠償すべき義務があるところ、原告は、右監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、世田谷区に代位して、被告に対し、本件手当相当額三八万一〇〇〇円の損害金及びこれに対する本件手当の支給の日以後の本訴状送達の日の翌日である昭和六一年一月一〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を世田谷区に支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の(一)のうち、被告が出張検認手当について支出負担行為を行う権限を有する者であること、被告が本件支出負担行為を行つたことは否認するが、その余の事実は認める。同(二)、(三)は争う。

3  同4の事実は否認する。

4  同5の事実は認める。

三  被告の主張

1  本件支出負担行為を行つた者について

世田谷区における支出負担行為に関する手続は、「東京都世田谷区予算事務規則」(昭和四〇年世田谷区規則第六号。以下「予算事務規則」という。)一九条に基づき定められた「東京都世田谷区支出負担行為手続規程」(昭和四〇年世田谷区訓令甲第七号。以下「支出負担行為手続規程」という。)に基づいて行われている。

同規程二条一項によれば、予算配当を受けた部の長は、「東京都世田谷区事案決定手続規程」(昭和五四年三月三一日訓令甲第四号。以下「事案決定手続規程」という。)に定める事案決定基準に従い、支出負担行為手続をとることとされており、同規程四条により定める同規程別表一各部共通事案中、「十八 収入及び支出に関すること」の項には、四〇〇〇万円未満の支出は課長が決定する旨定められている。

そうすると、出張検認手当に係る支出負担行為は、国民年金事務を分掌する福祉部国民年金課長(以下単に「国民年金課長」という。)が区長である被告からの内部委任を受けてその補助執行として行うこととされているものということができる。したがつて、本件支出負担行為は、国民年金課長が右のように被告の補助執行として行つたものであつて、被告は本件支出負担行為の手続に一切関与しておらず、本件支出負担行為を行つた者とはいえない。

2  本件支出負担行為の適法性について

(一) 検認事務の内容

出張検認方式及び規則検認方式の内容は請求原因2の(三)及び(四)のとおりであるが、規則検認方式における担当職員の主な職務内容は、被保険者に対する納付書の発行事務を行うことだけではなく、(1)被保険者が保険料を納付しないときには、保険料の納付につき強制徴収という方法をとらずに、納付催告書を送付するほか、被保険者に対し、その不納付により年金支給要件を取得することができなくなることがあるといつたその不利益となる事情を説明するなどして納付を勧奨する、(2)保険料が急激に高額化したなどの事情から、経済的に納付が困難と認められる被保険者に対し、保険料の免除手続をとるよう勧奨する、(3)各種の年金が輻輳していることから、他の年金加入により国民年金の加入資格を喪失した者に対し、喪失手続をとるよう勧奨する、(4)被保険者に対し、保険料が安定かつ確実に納付される口座振替制度へ加入するよう勧奨する、以上のような事務を行うことがある。

規則検認方式に切り換わつてからは、職員が出張して被保険者宅で国民年金の保険料を収納の上国民年金印紙を貼付して検認するという事務を行うことはなくなつたが、右に述べた事務はすべて検認事務に深く関連し、随時、職員が出張して行つていることに加え、担当職員の減員及び被保険者の増大に伴う検認事務の量的拡大と質的変化を総合的に判断すると、検認方式が出張検認方式から規則検認方式へ変更された後も、引き続き担当職員に対し、右のような職務に対する特殊勤務手当として出張検認手当を支給することは相当であるというべきである。

(二) 本件支出負担行為

出張検認手当が支給されるまでの事務手続は次のとおりである。

(1) まず、受給者の範囲を認定する手続がとられる。同手続は、国民年金課長がその所属する職員のうちから該当職員を選定し、福祉部長を通じて特殊勤務手当の支給範囲について必要な認定を行う総務部長(本件規則四条)に対して出張検認手当受給者認定申請を行い、同申請について、第一次的に人事関係事務を所管する総務部人事課長において申請の対象となつている職員を検認事務に従事させるか否かを審査した上、最終的に総務部長が審査、認定を行い、この結果を福祉部長に通知する。

(2) 出張検認手当受給職員の範囲が認定された後は、同手当の支給時期が当月分を翌月中に支払うこととされているため、受給職員の所属長である国民年金課長は、当該月が経過した時点で受給職員の勤務実績を確認した後、総務部人事課長に対し、出張検認手当支給のための資料を提出する。

(3) 総務部人事課長は、提出された資料の内容を点検した後、国民年金課長へ返戻する。

(4) 国民年金課長は、前記被告の主張1のとおり、四〇〇〇万円未満の支出につき支出額を決定する。

(5) 国民年金課長は、「東京都世田谷区会計事務規則」(昭和四〇年世田谷区規則第九号。以下「会計事務規則」という。)五条一項、別表一に基づき、同部の支出命令権者として、収入役に対し、支出命令書を交付して支出を命令する。

(6) 右支出命令を受けた収入役は、その権限に属する事務を処理させるため設置した組織である収入役室課務担当主査をしてその内容の審査を行わせ、右審査終了後、給与取扱者に対し、出張検認手当を支給する日に同手当額を資金前渡として交付する。

本件手当の支給については、予算措置が講じられており、本件支出負担行為をする前に、右に述べた受給職員の範囲の認定、受給職員の勤務実績の確認、支給額の決定という一連の手続を経てきていたものであるから、本件手当を支給すること自体は既に決定されていたものである。

そして、職員の手当は給料と同じく義務的経費であり、毎月定例的に支出されるべきものであるから、その支出負担行為に必要な書類として要求されるのは、支出負担行為手続規程別表第一に記載されている諸手当簿及び仕訳書であり、職員の支出負担行為においては右の書類の内容を審査、検討して行えば足りるものであるところ、本件支出負担行為においても、本件手当として各月ごとに支出しようとする額につき職員の出勤状況を確認し得る手当簿及び各職員ごとに支給する額が記載されている仕訳書の内容を審査してされたものである。

以上のとおりであるから、本件支出負担行為には違法の点はないというべきである。

なお、本件支出負担行為は、前記被告の主張1のとおり、国民年金課長が補助執行として行つたものであり、被告は本件支出負担行為に全く関与していない上、そこに至る本件手当の支給手続にも一切関与していないこと、被告が区長に就任する以前から規則検認方式による事務を行う職員に対して出張検認手当が支給されていたことからすると、質、量ともに膨大な行政事務を担任する被告に対し、定例的に支給された本件手当に対する是正措置をとることを求めるのは、不可能を強いるものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、第一段及び第二段の事実は認めるが、第三段の主張は争う。

2  同2の(一)の主張は争う。同(二)のうち、出張検認手当の支給手続が(1)ないし(6)のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。

被告は、本件手当が定例的に支給されるものであるかのごとく主張するが、出張検認手当等の特殊勤務手当は、その他の手当とは性質を異にし、当該特殊勤務に従事したときに限り支給されるものであり、定例的に支給されるものではない。出張検認手当は、出張検認事務を現に行つた職員に対して支給される手当であるから、出張検認事務を行つていない職員に対する本件手当の支給を内容とする本件支出負担行為が違法であることはいうまでもない。

第三  証拠<省略>

理由

一争いのない事実

請求原因1(当事者)、2(出張検認手当)及び5(監査請求の経由)の事実並びに本件期間の各月において、別紙「本件手当支払一覧表」記載のとおり、本件手当につき、支出負担行為、支出命令及び支給の欄に記載の日に、それぞれ支出負担行為、支出命令及び支出がされたことは、当事者間に争いがない。

二支出負担行為とその責任の帰属について

1 出張検認手当は、世田谷区の職員の給与の一であることは、右一の争いのない事実から明らかであるが、その支給に関する支出負担行為を行う権限を本来的に有するとされている者が世田谷区長であることはいうまでもない(地方自治法一四九条二号二八三条一項)。そして、右の権限につきそれが他の職員等に委任されていることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件手当の支給に関する支出負担行為の権限は、世田谷区長である被告にあるものというほかはない。

2  ところで、世田谷区における予算の執行に関わる支出負担行為の手続は、予算事務規程一九条に基づき定められた支出負担行為手続規程(乙第六号証)に基づいて行われており、同規程二条一項では、予算の配当を受けた部の長は、その所管に係る事業の経費の支出について、別に区長が定めるものを除き、事案決定手続規程(乙第七号証)に定める事案決定基準に従い、支出負担行為に関する手続をとることとされ、同規程四条には、区長又は助役、部長若しくは課長の決定すべき事案として定める同規程別表一各部共通事案の「十八 収入及び支出に関すること」の項において、四〇〇〇万円未満の支出を決定することは課長が行う旨規定している(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。なお、右の規定の支出を決定すること(以下「支出決定」という。)は、当該支出についての支出負担行為であると解することができる。

右によると、世田谷区においては、予算の執行に関わることが明らかであるその職員の給与の支給に関する支出負担行為は、四〇〇〇万円未満の金額については、その予算の配当を受け、その所管に係る事業の経費を支出する部の所管課長が支出決定によりこれをするものとされているということができる。

しかしながら、事案決定手続規程は、訓令という形式で区長の権限に属する事務に係る決定権限の合理的配分と決定手続を定めるものであり(同規程一条)、当該事務につき区長に権限があることを当然の前提とした上、その事務処理の手続、方法を定めているものであると解されること、世田谷区において、権限の委任がされる場合には、例えば「部に属する収入の通知及び支出の命令に関する事務は、別表一に掲げる者に委任する。」との会計事務規則五条一項の規定のように、外部に公示される規則という法形式により、明確に権限の委任をうたつていることといつた点に鑑みると、前示の支出決定をする者を定める事案決定手続規程四条、別表一の一八の項における、所管課長が四〇〇〇万円未満の金額の支出について支出決定をする旨の定めは、世田谷区長の有する右についての支出負担行為の権限につき、右権限自体を同区長が所管課長に、外部的にはもとより、内部的にも、委任しているものでないことは明らかであり、右権限に係る事務処理を同区長がその補助機関である所管課長に任せることにし、同課長が同区長を補助して執行する旨を定めたものと解するのが相当である。

3 しかるところ、出張検認手当が世田谷区の職員の給与の一であり、本件手当が出張検認手当であつて、四〇〇〇万円未満の金額に係るものであることは、右一のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、出張検認手当についての予算は福祉部の所管に係る事業の経費の支出のため同部に配当され、その所管課長は国民年金課長であることが認められる。

そうすると、本件手当の支給については、その支出負担行為の権限は、外部的にはもとより、内部的にも、世田谷区長にあるが、事案決定手続規程四条、別表一の一八の項により、国民年金課長がその支出負担行為としての支出決定をすることとされているものであり、弁論の全趣旨によれば、現実に同課長が右の支出決定を行つているものと認められる。しかしながら、右2に述べたところからすれば、同課長は、右の支出決定を同課長の権限行使として行つたものではなく、世田谷区長の有する支出負担行為の権限について、同区長を補助して執行したものであるということができ、右の支出負担行為の権限は、同区長が補助機関である同課長をいわば同区長の手足として用いて、これを行うものであると評価せざるを得ない。

4  出張検認手当の支給に至る事務手続が、被告の主張2の(二)の(1)ないし(6)のとおりであることは当事者間に争いがなく、本件手当の支給も、同様の手続を経て行われたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

そうすると、世田谷区長は、被告の主張するように本件手当の支給の手続に、現実には全く関与していなかつたことが窺われる。

しかしながら、右3に述べたとおり、本件手当の支給についての支出負担行為の権限は、あくまで世田谷区長にあり、ただ、同区長はその権限を行使するについて補助機関である国民年金課長をいわば同区長の手足として用いたものというべきである。

そして、地方公共団体の長がその補助機関を用いることは、その組織に鑑み、法令上明確な根拠がなくても当然許容されてしかるべきであるが、その反面法令に根拠のない以上自己の責任においてすべきものであり、その場合補助機関の責任は、そのまま長の責任になるものといわなければならない。

世田谷区長が本件手当の支給に関する支出負担行為の権限の行使を国民年金課長を用いてすることについて、訓令にのみ根拠があつて、法令上の根拠がないことは既に述べたところから明らかであるから、同課長に責任ありとすれば、同区長である被告は、現実にその手続に関与していなくても、右の責任をそのまま自己の責任として負担しなくてはならないことになる。

三本件支出負担行為の違法の有無について

1  出張検認手当は、本件条例一三条にいう特殊勤務手当の一つであり、同条の特殊勤務手当は、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に対し、その勤務の特殊性に応じて支給されるものである(同条一項)。そして、本件条例一三条三項の規定を受けて、本件規則は、その別表に四〇種類の手当を設け、その各手当につき、手当名、支給範囲、支給額等を定め、その手当の種類、支給される職員(支給の対象となる事務に従事する職員)の範囲、支給すべき額等を具体的に記載しているが出張検認手当については、同規則別表手当番号13の項によれば、その支給範囲は、「国民年金の保険料出張検認事務に従事する職員」とされ、その支給額は、その事務に従事した日数に応じて定められている。

2  右1にみたように、特殊勤務手当は、著しく特殊な勤務に従事する職員に、その勤務の特殊性に応じて支給されるものであり、本件規則において四〇種類の特殊勤務手当のそれぞれについて、支給の対象となる事務を具体的に特定することによつて、その支給範囲を定めているのであるから、その支給範囲に定められた右事務の範囲、内容を理解するに当たつては、これをむやみに拡張して解してはならないことはいうまでもない。

出張検認手当は、右1のとおり、国民年金の保険料出張検認事務に従事する職員に対して支給する手当として定められているものであるから、同手当を支給するためには、職員が右の事務といい得るものに従事していなければならない。

ところで、右一のとおり、昭和三五年から、国民年金の保険料を納付させる方法として出張検認方式がとられていたのであるが、出張検認手当は、同方式による事務に従事した職員に支給されていたものである。

右によると、出張検認手当は、出張検認方式による事務が、(1)被保険者宅に検認のため出向くこと、(2)そこで、国民年金の保険料に相当する額の現金を収納すること、(3)金券としての性格を有する国民年金印紙をそこまで持参することを要素とする点において、危険性、困難性等を有することに着目して、その事務に従事する職員に支給されていたものと考えることができる。

3 しかるに、右一のとおり、昭和四六年四月以降、国民年金の保険料を納付させる方法が出張検認方式から規則検認方式へ切り替わり、それ以後出張検認方式による事務が行われていないのである。

そして、規則検認方式による事務は、右2に述べた出張検認方式による事務が危険性、困難性等を有する根拠となる(1)ないし(3)の要素をいずれも欠くものであるから(なお、規則検認方式においても、被保険者宅に出向くということが全く考えられないわけではないが、弁論の全趣旨によると、現実にはそのようなことは殆んど行われておらず、極く僅か行われている場合も、その目的は、国民年金の保険料の納付等を勧奨するということにあつて、検認事務を行うということにはなく、もとよりその際に現金を収納したり、国民年金印紙を持参するといつたことはないものと認められる。)、出張検認方式による事務すなわち出張検認事務と比べて危険性、困難性等において相当に低いものであり、両者の事務は、質的に差異があるものと評価せざるを得ない。

4  そうすると、規則検認方式による事務に従事し、出張検認方式による事務に従事しない職員に対し、出張検認手当を支給することは、本件条例及びそれに基づく本件規則によることなく給与を支給するものとして違法であるというべきである。

なお、被告は、検認事務の量的拡大と質的変化を総合的に判断すると、出張検認手当の支給は相当である旨主張するが(被告の主張2の(一))、出張検認手当は、出張検認事務を行うことを対象として支給されるものであつて、単に検認事務を行うことを対象とするものではなく、したがつて、検認事務がいかに増大しても、出張検認事務が行われていない限り、出張検認手当の支給をすることが適法であるとするわけにはいかず、また、検認事務の質的変化は、それが出張検認事務が行われない方向への変化であれば、かえつて出張検認手当の支給を違法とする根拠となるものである。それゆえ、被告の右主張は採用し難い。

5 本件期間においては、規則検認方式による事務のみが行われ、出張検認方式による事務が行われていなかつたことは、右一により明らかであるから、本件手当の支給に係る本件支出負担行為は違法というほかはない。

四本件支出負担行為についての故意過失について

1 本件支出負担行為は、世田谷区長の権限に属し、同区長がその権限を行使するについて補助機関である国民年金課長をいわば同区長の手足として用いたのであることは、右二の3に述べたとおりであるが、同課長は、国民年金の保険料の検認事務を担当する職員の直接の上司であることに鑑みると、本件期間において、規則検認方式による事務のみが行われ、出張検認方式による事務が行われていないことを充分に知つていたことは容易に推認し得るところである。

2 そうすると、国民年金課長には違法な本件支出負担行為について帰責事由があり、右二の4に述べたとおり、それはそのまま世田谷区長である被告が責任を負うべき根拠となるものである。

なお、右一に述べたとおり、被告は昭和五〇年五月一日から世田谷区長の職にあるのであるから、国民年金の保険料の納付方法につき、出張検認方式による事務が行われていない程度のことについては、これを本件支出負担行為がされたころまでには知つたか少なくとも知り得べきであつたと解され、この点でも、被告に帰責事由がないとは到底いい難い。

五損害について

本件手当が、別紙「本件手当支払一覧表」記載のとおり支給されたことは、右一のとおり当事者間に争いがないところ、以上のとおり本件支出負担行為は違法であるから、これに基づく本件手当の支給により世田谷区はその総額に当たる三八万一〇〇〇円の損害を被つたものということができる。

六付帯請求について

本件訴状が昭和六一年一月九日に被告に送達されたことは、本件記録上明らかである。

七結語

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言の申立てについては、その必要がないものと認め、これを却下する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官加藤就一 裁判官青野洋士)

別紙

「本件手当支払一覧表」

年月

支給人員

(名)

支給額

(円)

支出負担行為

(年月日)

支出命令

(年月日)

支給

(年月日)

59.9

13

56000

59.10.1

59.10.1

59.10.15

59.10

12

53000

59.11.1

59.11.1

59.11.15

59.11

12

52000

59.12.1

59.12.1

59.12.14

59.12

13

55000

60.1.7

60.1.7

60.1.14

60.1

13

55500

60.2.1

60.2.1

60.2.15

60.2

13

57000

60.3.1

60.3.1

60.3.15

60.3

12

52500

60.4.1

60.4.1

60.4.15

合計

381000

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